機関投資家の「完璧なヘッジ」、個人がやると地獄を見る理由
今日は、オプションの「完璧なヘッジ」について、私がずっと感じてきた本音を話します。
結論から言うと、機関投資家がやっているデルタヘッジを、私たち個人がそのまま真似するのはおすすめしません。
理屈はきれいなのに、現実では地獄を見る。その理由を順を追って書いていきます。
📐 美しすぎる理論に、私も一度は惹かれた
まず、この戦術のどこが「美しい」のか。
ATM付近のコールとプットを両方売る。
ショートストラングルやショートストラドルと呼ばれる、いわゆるボラティリティ売りです。
株価が大きく動かず、日にちが経ってセータ(時間経過でオプション価値が減る効果)が効き、ボラが下がってくれれば、それだけで利益になる。
問題は、日中の値動きで片方が大赤字になること。だから、先物のロング・ショートで方向性を打ち消し、ポジションの傾き(デルタ)をゼロにする。
デルタがゼロなら、その瞬間は上に行こうが下に行こうが損益が動かない。
理論上、リスクが消える。
これを聞くと、正直「おお、無敵じゃないか」と思うんです。私も一度はそう思いました。
でも、ここで立ち止まって考えたいんです。
もし本当に無敵なら、なぜ昔からやっている人がみんな億万長者になっていないのか。
答えは単純で、機関投資家は潤沢な証拠金と、こまめに調整できる体制があってはじめて成立させている。小さな割合でも、億単位でやれば何百万・何千万の利益になる。彼らはそれを積み重ねているだけなんです。
同じ土俵に、個人投資家が200万や300万程度の証拠金で上がろうとすると、話がまるで変わってきます。
💸 私がいちばん怖いと思うのは、証拠金
理論の解説では、なぜかいつも軽く流される部分があります。証拠金です。
デルタをニュートラルに保っていても、ボラティリティが逆方向に急騰すれば、ベガ(ボラ変化への感応度)の分で損が出て、証拠金が跳ね上がります。
ここは、私にとって他人事ではありません。
2024年8月の植田ショック。
あのときのことは、以前Substackで「植田ショックの『みそぎ』は、5年では終わらない!」という記事にも書きました。証拠金の計算方式がSPAN方式からVaRに変わったこともあって、ボラも証拠金も、あれからずっと高止まりしています。
もし今回の話が気になった方は、そちらも合わせて読んでもらえると、つながって見えてくると思います。
こういう急変動が来ると、方向性はヘッジできていても、そのために積み上げた先物の証拠金が暴発する。
パンパンまでヘッジしていたら、証拠金が跳ねた瞬間に追証。入れられなければ、翌日には全部強制決済。
理論上はヘッジできていたのに、いちばん苦しいところで勝負を降りるしかなくなる。私はこれが一番怖いと思っています。
救いがあるとすれば、両建てになっている分、全部決済しても損失そのものは限定的なことが多い、という点です。証拠金が積み上がっているだけで、資産がいきなり3分の1になる、という類いの話ではありません。
ただ、それでも一度は勝負を降りないといけない。
この「強制的な撤退」こそが、コツコツデルタをヘッジして耐えるはずだった戦略の息の根を止めてしまうんです。淡々と利益を重ねる前提が、一発で崩れる。ここが、机上の計算には出てこない部分です。
🌀 消えないベガ、暴れるガンマ
もうひとつ、机上では見えにくい話をします。
デルタをヘッジしてゼロにしても、ベガは消えません。
この戦術は、ボラが下がることを期待しているだけ。でも、期待の逆に動くのが相場です。日経VIが35から下がるどころか40まで上がれば、ベガが上昇して、コールもプットも値上がりし、片方の損失がもう片方の利益を大きく上回ってしまう。
さらにSQ(決済日)が近づくと、今度はガンマが暴れ出す。
少し株価が動いただけで思惑どおりにならず、デルタを合わせるための先物の枚数がどんどん増えていく。
デルタをゼロにしたから安心、とはいかないんですよね。ここは、実際にポジションを持ってみないと、体感としてわからない部分だと思います。
SQまでの残日数が8日を割ったら決済するといった細かいルールを決めればある程度は抑えられます。
でも、ベガが消えないことと、ガンマの板挟みは、ルールで完全には消せない。デルタだけをきれいにゼロにしても、ガンマをコントロールしないといけないし、ベガは下がるのを祈るしかない。ここが、この戦術の現実的な難しさなんです。
🌙 私たちは24時間戦えない
そして、いちばん人間くさい壁。
私たちは弱小の個人投資家で、24時間ずっと相場を見張れません。
でも株価は、夜中も明け方も、こちらの都合とは無関係に動きます。
しかも先物には、動かない時間があります。デイが終わる15時45分からナイトの17時までの1時間15分。ナイトが終わる朝6時から日中が始まる8時45分までの2時間45分。
この空白がやっかいで、アメリカの決算は日本の朝5〜6時、トランプの発言も日本の明け方に飛んでくる。ここで大きく動くと、先物が止まっているからデルタヘッジができない。ヘッジできない時間帯に、一番危ない球が飛んでくるわけです。
「CFDが動いているじゃないか」と思うかもしれません。たしかに明け方も夕方も動いています。でも、CFDはオプションとは別商品で、理論上のヘッジにはなりません。
価格的に擬似的に合わせられなくもない、という程度で、厳密に守り切れるものではないんです。
そして、そもそも小刻みにデルタを合わせ続けるには、ほぼチャートに貼り付いていられる人でないと難しい。仕事をしながら、あるいは眠りながら、これを24時間やり切るのは現実的ではないんですよね。
🤖 「自動化すればいい」の落とし穴
「人間に限界があるなら、自動化すればいいじゃないか」。私も当然そう考えました。APIをつなげば、24時間のシステムは作れます。
でも、ここにも罠があります。
システムには、「決済のときにどの建玉を切るか」という、地味だけど厄介な判定がついて回ります。
たとえばロングが3枚ある状態で、そのうち1枚だけ減らしたいとき、どの1枚を選んで決済するのか。この判定にミスやバグが紛れ込む可能性を考えると、決済という操作自体をできるだけ避けて、新規にショートを1枚追加する方が、システムとしては安全な仕様になりがちなんです。
例えばロング3枚持ちから1枚減らして2枚にしたい場合。
普通はロング1枚を決済して2枚にした方が証拠金的にもいいですよね。
でもシステム仕様を簡易化し、安全度も高めるとなると、ロング3枚はそのまま新たにショート1枚を入れて、+3+(-1)=+2のような常に枚数を追加するロジックになります。
ですから、ロング2枚分のバランスなのに、建玉は合計4枚に増えてしまう。
安全に倒すほど、先物を決済せずロング・ショートを積み増す形になっていくわけです。
そして証拠金は、差し引きのネットではなく、枚数のグロスで効きます。10枚ロングと9枚ショートなら、実質ロング1枚でも19枚分の証拠金がかかる。
もちろんロングとショートで証拠金はある程度相殺されます。ですが、ゼロにはならないんですね。
今のように毎日乱高下する相場だと、この枚数が猛烈に積み上がって、ヘッジ代で証拠金が食いつぶされます。売り買いのたびにスプレッドで板に抜かれ、数値上はヘッジでも、実際の損益では先物のヘッジコスト=保険代ばかりが高くつく。
1〜2週間やると、先物の損失と往復コストで利益が消える。下手をすればマイナス。
しかも、この戦術はボラ低下を狙っているのに、そのボラが1年も下がってこない。
ずっとやってきた人はたぶん相当な損失で、もう音を上げているんじゃないかと思います。
おわりに
私がこの話をしたいのは、「理論が正しいこと」と「実践で通用すること」は、まったく別だからです。もう一つ、資金の大小でも成立するか否かが変わってくる。
大学の講義のような理論値の話を、そのままシステムに落とし込んでも現実は甘くない。
超富裕層や数千万円の証拠金があれば別ですが、100万〜200万では規模が足りない。ミニオプションやマイクロ先物という手もありますが、近いところを売らざるを得ず、期先は流動性も薄くて不利です。
理論上、誰でも勝てる手法なら、とっくにみんなやっている。
自動化して誰でも勝てる理屈なら、なおさらです。
やっていないのは、壁にぶつかって、自分で損を出して、あかんなと気づくからなんですよね。頑張った割に報われない——この感覚を、身銭を切って知るまで、人はなかなか信じないものだとも思います。
これ、昔割と流行った「配当&優待のタダ取り」と同じです。
権利落ち前に現物買って、同時に信用で売っておく。権利落ち日を跨いで、配当と優待を取って、配当落ちで株価が下がる分は信用売りでガード。
結果、配当と優待がタダ取りできるというロジックです。
この手法はおいしいぞ!と皆が群がったせいでこの戦略は破綻しました。
みんなが信用売りをするため貸株が枯渇、逆日歩が高騰してしまいました。
1万円の配当と1万円分の優待ギフトをGETしたものの、逆日歩で5万円取られた・・・みたいな状況になりました。
理論上は成立しても、皆が同じことをすれば成立しなくなるのが相場です。
デルタヘッジの自動化で誰でも儲かるなら、いずれ誰も儲からない形に収斂します。
私はこの戦術そのものを否定したいわけではありません。
「理論が正しいから」という理由だけで飛び込むと、現実に跳ね返されて、結局システムを売る人と手数料がおいしい証券会社だけが儲かるだけです。
みなさんは、「理論は完璧なのに、自分の現実では通用しなかった」という経験、ありますか。もし似たようなことがあれば、返信でこっそり教えてもらえると嬉しいです。



